帰るための約束
俺が消えたら、あんたはどうする?
少しは悲しんでくれる?
「なぁ、大佐」
「何だ」
俺の呼び掛けに、書類から目を上げる事もなく応える大佐。
「もしも・・・」
―俺が消えたらどうする?―
後の言葉が続かない。
黙り込んだ俺を訝しく思ったのか、大佐が顔を上げて俺を見た。
「鋼の、どうした?」
大佐が眉をしかめる。
「・・・」
俺は大佐を見つめたまま、微動だにしなかった。
「何か、あったのか?」
大佐の顔が険しくなるのを見て、我に返った。
「別に何もないよ」
そう言って笑ったけれど、それはぎこちない物だっただろう。
「今日の君は何か変だぞ」
「気のせいだろ」
わざとらしいくらいに笑って答えた俺を、大佐が睨み付けるように見据える。
俺は気まずくて慌てて口を開いた。
「ほんとに何にもねぇって」
「何か言いかけただろう」
大佐の言葉に顔が強張る。
「鋼の!」
「っ・・・」
俺は表情を隠すように俯いた。
「何かあるなら言いなさい」
「・・・ない」
言いたい事も、聞きたい事も有りすぎて言葉に出来ない。
だから、ごまかすように言う事しか出来なかった。
「明日、発つよ」
大佐が厳しい顔をしていたのも判っていた。
「俺、帰るわ」
踵を返して扉に向かう。
「待ちなさい」
大佐の手が俺を掴まえた。
振り返った先には、怖いくらいに真剣な大佐。
「何を隠している」
「くっ・・・」
肩を掴まれて逃げる事すら出来ない。
視線を逸らすように俯いた。
「鋼の、言いなさい」
逆らう事を許さない口調。
「なんにもない」
うなだれたまま呟いた。
「そんな顔をして、何もない訳がないだろう」
諭すような大佐の言葉。
「・・・もう戻って来られないかもしれない」
絞り出すように呟いた。
肩を掴む大佐の手に力が籠った。
「どういう事だ?」BR>
「・・・アルが、もうダメなんだ、魂と鎧が適合出来なくなってきてる。
俺はアルを失いたくない、アイツだけでも元に戻したい。」
顔を上げると、大佐が悲痛な表情をしていた。
―そんな顔するなよ―
胸がズキリと痛む。
ゆっくりと息を吐き出すと、大佐の目を真直ぐに見て告げた。
「不完全だけど、アレを使う」
大佐が息を飲む、それがどんなに危険な賭か解るからだろう。
「本気か?」
「時間がないんだよ」
仕方がないと肩を竦めたら、目の前が暗くなった。
同時に感じる温もり。
「鋼の」
大佐の声が直ぐ側で聞こえる。
―俺、大佐に抱き締められてる―
認識するのに僅かながら時間を要した。
「エドワード」
「っ・・・」
狡いと思った、こんな時に名前を呼ぶなんて反則だ。
「ふっ・・・たい・・さ」
胸がつかえて、視界が滲んだ。
大佐の胸に顔を押しつけて、嗚咽が漏れないように唇を噛む。
俺を抱き締めている大佐の腕の力が強くなる。
―大佐ごめん、こんな方法しか取れなくて―
大佐の背中に腕をまわして、抱き付いた。
言葉にならない思いの全てが伝わるように。
どれくらいそうしていただろう、ふいに大佐が息を吐いた。
「必ず帰ってきなさい」
どこか諦めたような、妥協するような口調の大佐。
でも、そんな約束は出来ない。帰れる保証なんてない。
だから黙っていた。
「エドワード」
大佐が体を離して、俺の瞳を真直ぐに見つめた。
「君の決めた事だ、やめろとは言わない。だが、帰って来ると約束しなさい」
大佐から目を逸らし呟いた。
「・・・出来ない、守れるか分らない約束なんか」
「それでもだ」
大佐が俺の頭を撫でた。
それが凄く優しくて、顔を向けたら大佐が優しく笑っていた。
「それでも、ここに帰って来ると約束してくれ」
「大佐・・・」
「君が諦めないために」
大佐の真剣な瞳を見つめた。
ーあぁ、全部わかってるんだ。それでも帰って来いとー
「・・・・わかったよ、大佐」
いつもの不敵な笑みを浮かべて大佐を見る。
「必ず帰って来る、アルと一緒に。だから待ってろよ」
「あぁ、待っている。気をつけて行っておいで」
大佐の顔も、いつもの喰えない顔。
「行って来る」
ニッと笑って扉を出た。
ここに帰って来る事を胸に誓って、この一歩を踏み出した。
あとがき
「アレ」は皆さんのご想像にお任せします。